長崎あんない

長崎あんない
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今日は茂木街道をご案内します。
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そう、茂木街道は江戸時代、長崎に入る重要なルート!

薩摩藩などはこのルートの常連さん。
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電車の終点でもある「正覚寺下」から始まります。
朝8時半。ずっと、上り坂です。


すぐに立派な石垣が見えますがここは町年寄「高島秋帆」の別邸でした。
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街道から見える石垣が町年寄の権威を表しています。

すぐおとなりは八剣(やつるぎ)神社!
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小島郷の氏神さまです。いろんな伝説を持つ神社です。
くわしくはここhttp://cgi.www5d.biglobe.ne.jp/~hirosuke/cgi-bin/diary.cgi?MODE=ix&dyear=2005&dmon=06&dday=07#07

途中、地蔵堂に地蔵群が・・・
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ここまでは車が通りますがここからは階段。
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左は明治期以降の道、右が江戸時代のコース


墓所がはじまり、ここを右に入れば
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丸山芸妓「愛八」さんのお墓があります。
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丸山名物の看板もありますね。
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このあたりからいろんな供養塔があります。
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東古川町供養塔は・・・http://cgi.www5d.biglobe.ne.jp/~hirosuke/cgi-bin/diary.cgi?MODE=ix&dyear=2005&dmon=05&dday=29#29

階段から再び車道になり
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このあたりを「ピントコ坂」といいます。
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坂の近くに傾城塚があり、丸山遊女などはこのへんに葬られたといわれていますが今は何も残っていません。


その先には有名な茂木街道無縁塔です。
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通称「ライオンの塔」といいます。
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獅子ではなくライオンです。


ここにも供養塔がありますね。
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ここも立派なモノを持ったライオン?の塔です。
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このあたり景色いいですね
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その昔、茶店があった場所「殿の茶屋」といいます。
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岱雲の歌碑があります。
「露ちるや 袂(タモト)はらえば ただの水 おもひよるとも ちるさくらかな」


さあ!いよいよ坂もクライマックス!
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ここまで登って来ました。
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そう、ここは長崎南高校ですね。
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バス通りを進むと・・・
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今月完成した小ヶ倉蛍茶屋線を横断し

もうこんなに登ってきたんですね。ここまで約40分。田上交差点です。
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ここには梶原茶屋という茶店があって、たけのこご飯が名物だったそうです。
明治時代、長崎に寄港したロシア艦隊はよく訪れていて、通称「バンブーロード」と呼んでいたそうです


国道から離れ旧道残る道。
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左の石碑には「いなり志んじゃみち」とあります。
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田上のお稲荷さまへの参道を意味します。
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あとは下り道。ここから旧道に入ります。
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しばらく進むとバス停「転石」の由来の石があります。
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この石がローリングストーン(ズ)です。

工事中のコンクリートの橋をくぐります。長崎南環状線です
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唐八景トンネルが開通すれば女神大橋へ一直線です。

なんとか三兄弟。
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だらだらと坂を下ると川に出会います。
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神功皇后が茂木にお越しになった時、川上から菜の葉が流れてきたので若菜川

そこには田んぼがあり、
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なだらかなコースを進み

この石碑を見つけて下さい。
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茂木ビワの原木の記念碑があります。
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さすがに原木は枯れて今は3代目か4代目。
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江戸時代に三浦シオさんが植えました。


いよいよ茂木です。
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この切り通しを越えれば・・・
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海が見えました。


そうここは茂木。
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まずは、鎮守さまにお参りしましょう。
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神功皇后が衣装を着たので裳着(もぎ)です。

社殿でしばし小休止。
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景色いいです、海です。

茂木の街を歩き・・・
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若菜川の河口を渡り
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茂木の町並みを進むと
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茂木の玉台寺です。
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境内には江戸時代の雲仙大噴火の犠牲者の供養塔があります。
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ここまで約3時間半。
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最後はここのパンを買って帰りましょう。今や茂木の代名詞「オロン」
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茂木の港を見て帰路につきます。
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茂木街道はこれにて!

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